2019-09-12

帝国の逆襲 —「キリスト教 性教育 研究会」について(Twitter account @glory_of_church を行っているのは誰か?)



「キリスト教 性教育 研究会」について(Twitter account @glory_of_church を行っているのは誰か?)


2019年09月11日付の キリスト新聞 に「性教育研究会で井川昭弘氏が警鐘,『多様性』言説の『イデオロギー化』」という見出しの記事が掲載されています.それによると,先月15日,福音派の牧師,水谷潔 氏が主宰する「キリスト教 性教育 研究会」の会合が都内で開かれ,八戸学院大学 準教授,カトリック塩町教会 信徒,井川昭弘 (Facebook account) 氏が「価値観多様化時代の性教育」と題して講演を行い,ほかに,日本ホーリネス教団の牧師,上中光枝 氏,もっぱら児童と若者を対象とする国際的な宣教組織 OneHope日本支部長,宇賀飛翔 氏,福音派クリスチャンで psychologist である James Dobson 氏が創立した原理主義的クリスチャン組織 Focus on the Family の日本における関連団体 Family Forum Japan の前代表,宣教師,Timothy Cole 氏が発表を行いました.
 
マイクロフォンを手に持ち,発言しているのが 井川昭弘 氏

記事は,井川昭弘氏の講演の趣旨を,次のように紹介しています:
今,「多様化」を唱道する言説を動機づけているのは,価値の相対化,過度の個人尊重,普遍的な「主義」や「大義」の否定の動向である.sexual orientation[性的指向]や gender identity[性同一性]は個人が自由に選択し得るものであるとする主張は,まちがっている.自己決定権があるとしても,それは,「客観的な道徳規範」である「自然法」(lex naturalis) に従わねばならない.男女の性別は生物学的な事実であり,gender role[男女それぞれの社会的な役割]の相違は,歴史的,人間学的に一定の合理性を持つ事実である.個人に対する配慮に満ちた対応や支援は必要だが,イデオロギーや政治運動と化した動きに対しては,賢明な対応が必要である.現在,日本のカトリック教会のなかでは,わたし(井川昭弘氏)のような立場は少数派であるが,わたしの主張は,本来のカトリック教会の考えである.

いやはや,井川昭弘氏の主張は,わたし(ルカ小笠原晋也)が「形而上学的偶像崇拝」と名づけて批判しているカトリック保守派の主張そのものです — 形而上学的偶像崇拝とは,ルカ福音書 15:11-32 で描かれているような愛にあふれる慈しみ深い父である神ではなく,Pascal が言うところの「哲学者と神学者の神」(le Dieu des philosophes et des savants) を崇拝することに存します.保守派が崇拝する形而上学的偶像は,より具体的に指摘するなら,「自然法」(Lex Naturalis) と「教会の教導権」(Ecclesiae Magisterium) です.それらは,我々に対して,神の愛を完全に覆い隠してしまい,かつ,悪しき clericalism[聖職者中心主義]を条件づけています.「自然法」と「教会の教導権」の名において,カトリック保守派は,「わたしは真理を言っている」ということを保証してくれるものとして,神を利用し,それによって,自分たちを正当化し,権威づけています.

井川昭弘氏は「イデオロギー」という表現を使っていますが,彼の形而上学的偶像崇拝こそ,ひとつのイデオロギーです.そして,社会のなかで差別の対象となってきた人々が人間存在の尊厳の尊重を求めて立ち上がるとき,それは,人権擁護運動として,必然的に政治的にならざるを得ません.にもかかわらず,LGBTQ+ の「政治運動」はいけないと主張するなら,それは,差別を擁護することにしかなりません.

八戸学院大学のホームページ および researchmap に掲載されている 井川昭弘氏の経歴 によると,彼は,愛知県出身,1993年に南山大学法学部を卒業,1996年に九州大学法学部で修士号を取得,2003年に九州大学大学院法学科を満期退学,2014年に上智大学大学院哲学科を満期退学しています.専門分野は「カトリック社会倫理学,キリスト教哲学」であり,研究テーマは「現代のカトリック社会倫理学,自然法論」と記されています.2019年に八戸学院大学健康医療学部人間健康学科准教授となるまでは,さまざまな非常勤の教職ポストに就いていました.そのなかには,2011年から2019年までの日本カトリック神学院非常勤講師の職も含まれています.

彼の経歴を見ていると,ある人物の姿が思い浮かんできます —「姿」と言っても,実際に見たことがあるわけではありませんが.カトリック関係のテーマで Twitter をしている方々なら,見かけたことがあるでしょう :「教会の栄光」@glory_of_church の名称のもとに,homophobic な言説と,Papa Francesco を「異端」呼ばわりする言説を垂れ流しているあの Twitter account です.

勿論,その人物の正体が井川昭弘氏である,と断定することを可能にする直接的な証拠は何もありません.しかし,記事によると,井川昭弘氏は「カトリック教会のなかでは,わたしのような立場は少数派であるが,わたしの考えこそ,本来のカトリックの考え方である」と言っています.彼がこの言葉を発したとき,彼の念頭にあったのは,LGBTQ+ のことよりは,むしろ,Papa Francesco のことであったはずです.なぜなら,日本でも世界でも,LGBTQ+ の人権擁護を積極的に主張しているカトリック信者はまだまだ少数派であって,多数派は,その問題に無関心であるか,または,LGBTQ+ はカトリック道徳に反している,と考えているからです.それに対して,「Papa Francesco は異端であり,我々こそが正統だ」と主張する超保守的なカトリック信者たちは,日本でも世界でも少数派です.そして,それこそが まさに @glory_of_church の中心的な主張です.

また,そもそも,以前にも紹介したとおり,実は,Papa Francesco は,「民法上の同性婚」を「秘跡としての結婚」とは認めない立場にあることを明確に表明しており,社会学の領域の gender studies を「神は人間を男と女に創造した」ことを否定する "gender ideology" として批判してもいます.そのことは,当時,世界中のメディアで広く報道されており,井川昭弘氏の目に触れなかったはずはありません.つまり,井川昭弘氏は,「わたしのような立場は少数派であるが,わたしの主張は,本来のカトリック教会の考えである」などとは言わずに,堂々と,「わたしの主張は Papa Francesco の教えとも一致している」と言えばよかったのです.その方が,少なくとも日本では,より説得力があるでしょう.ところが,彼はそうはしなかった.ということは,彼が自身を「少数派」と言うとき,それは,sexuality や gender の問題に関する少数派のことではあり得ず,しかして,Papa Francesco を異端呼ばわりすることにおける少数派のことにほかならない,と我々は推理し得るでしょう.

ともあれ,現時点では,せいぜい,井川昭弘氏の profile は @glory_of_church の人物像に極めてよく合致している,と指摘することしかできません.しかし,日本に,あの程度にカトリック神学と教会法に精通しており,かつ,あのように LGBTQ+ と Papa Francesco に対する憎悪に満ちた発言を執拗に続けることのできる人物は,極々 少数に限られます.@glory_of_church の正体に関して,日本のカトリック神学界の内情に詳しい方の御意見をお聞かせいただければ幸いです.また,ほかの「容疑者」の名前が思い浮かんでくる方は,是非,お教えください.

というのも,少なからぬ数の LGBTQ+ の人々が @glory_of_church の憎悪発言に傷つけられてきたからです.@glory_of_church の卑怯な匿名 Twitter 活動をこのまま放置するわけには行きません.また,もし,Papa Francesco を異端と見なす人物が,非常勤とはいえ,カトリックの神学校で教え,また,カトリック神学の学会で臆面もなく発言している(多分,本音を隠して)のだとすれば,看過すべからざる問題でしょう.少なくとも,彼が Papa Francesco を異端視し,かつ,LGBTQ+ の人々を「地獄へ行け」と呪っている,という事実は,衆知のものとなるべきでしょう.

他方,「キリスト教 性教育 研究会」を主宰する 水谷潔 氏の homosexuality に関する主張は,彼のホームページ に記されています.要するに,homosexual である人々は教会に受け入れるが,同性どうしの性行為は断罪する — つまり,「わたしがあなたたちを受容するとしても,それは,あなたたちが性行為を慎む限りにおいてのみであり,全面的に受け入れるわけではない」— ということです.カトリック司祭になろうとしているわけでもない homosexual の人々に対して,はなはだ非人間的な態度です.水谷潔氏の場合,それを聖書と善意の名においてしていますから,ますます処置無しです.

ともあれ,きな臭さに敏感な少数のジャーナリストたちの仕事によって「日本会議」の正体が暴かれてきたのと同様に,この「キリスト新聞」の記事は,日本において LGBTQ+ に対して逆襲してこようとしている胡散臭い「帝国」の正体の一端を垣間見せてくれています.その意味において,この記事は,一見,単なる事実報道の体裁しかとっていませんが,貴重なものです.「キリスト新聞」に感謝したいと思います.

ところで,水谷潔氏の意見は,基本的に,『カトリック教会のカテキズム』が homosexuality に関して述べていることと一致しています.カトリック教会は,その教義が包含する形而上学的偶像崇拝を速やかに一掃する必要があります.Papa Francesco が試みているのは,まさにそのことです.そして,それがゆえに,彼に対する保守派の反発も熾烈を極めています.反フランチェスコ派の筆頭は,周知のように,前教理省長官,Gerhart Müller 枢機卿です.彼は,2017年,Papa Francesco によって,教理省長官の職から事実上,解任されています.

19世紀以来,我々はニヒリズムの時代を生きています.ニヒリズムに対する有効な対抗手段として,名誉教皇 Benedictus XVI は『カトリック教会のカテキズム』のなかにスコラ的な「自然法」を持ち込みました.一見すると,自然法は,ニヒリスティックな価値崩壊に対抗し得る唯一の確固たる支柱であるように見えます.しかし,違います.そのような形而上学的偶像崇拝は,能動的なニヒリズムの一型にすぎません.

ニヒリズムの克服を可能にするのは,神の愛だけです.Papa Francesco が試みているのは,カトリック教会を,自然法によってではなく,神の愛によって基礎づけることです.わたしたちも,Papa Francesco の試みに協力しましょう.

May the Force be with you !
神の愛がいつも皆さんとともにありますように!

ルカ小笠原晋也

2019年11月18日 追記 : Twitter account @glory_of_church の homophobic な tweet の幾つかを Twitter 社へ通報していたところ,2019年11月10日,@glory_of_church は Twitter Rules に違反している と認定されました.それによって,@glory_of_church の活動がすぐさま停止されるわけではありませんが,違反 tweet は削除ないし非表示となったはずです.今後も Twitter Rules 違反を繰り返すなら,@glory_of_church の account は全面的に停止されることになるでしょう.
 

2019年12月11日追記:その後,Twitter 社は,Twitter Rules にもとづいて,@glory_of_church の tweet を幾つか削除した後,その活動再開を許可しました.今のところ,@glory_of_church 自身も,以前に比べれば 活動を かなり自粛しているようです.彼が Twitter Rules に再び違反することのないよう,祈りましょう.