2022年1月12日水曜日

カトリック教会は LGBTQ 信者たちへのアプローチを 変えつつある

Papa Francesco, 2022年01月06日の Angelus にて


カトリック教会は LGBTQ 信者たちへのアプローチを 変えつつある


London で 発行されている 歴史ある カトリック週刊誌 The Tablet の website に,進歩派の vaticanist の ひとり Christopher Lamb が 今月 10日付で The Church is changing its approach to LGBTQ Catholics – analysis[教会は LGBTQ カトリック信者へのアプローチを 変えつつある — 分析]と題された 記事を 書いています.その記事は,従来 カトリック教会から 断罪され 排除されてきた LGBTQ の人々に対する Papa Francesco の 包容的な 司牧的配慮のうち 比較的 最近のものを まとめています.その記事を すべて 邦訳する必要は無いと思われますので,ひとつの象徴的な人事異動のニュースを中心にして,紹介します.

それは,今月10日付で 発表された 人事異動です:教皇庁 教理省の 第 2 位の ポスト 書記 (segretario) を 務めていた Giacomo Morandi 大司教(56 歳)を,Papa Francesco は,その職から 解き,北イタリアの Reggio Emilia-Guastalla 教区(大司教区ではない)の 司教に 任命した(肩書きは 大司教のまま).

これは,明白な 左遷です.その理由を,National Catholic Reporter 紙は 今年 予期されている 教皇庁の組織改革に 関連づけていますが,他方,イェズス会の America 誌は こう分析しています : Giacomo Morandi 大司教は,昨年03月15日に発表された 教理省の Responsum ad dubium[疑問への回答]— そこにおいて 教理省は 愛しあう同性どうしのカップルの関係を祝福すること(準秘跡として祝福すること)を 禁止した,なぜなら「神は罪を祝福しない」から — の 作成の 陰の首謀者 と見なされている.問題の Responsum ad dubium は,LGBTQ カトリック信者たちを とても傷つけた.その傷を癒すために,昨年,Papa Francesco は さまざまなメッセージを 発してきた(こちらの記事を参照してください : 1) パパ フランチェスコは 教理省の「同性カップルの祝福は違法」の判断に対して 批判的? ; 2) パパ フランチェスコは 最近の書簡で New Ways Ministry への感謝を 表明した ; 3) Papa Francesco の Sister Jeannine Gramick への 書簡).Giacomo Morandi 大司教を教理省から追放する この人事異動は,それらのメッセージの文脈のなかに 位置づけられる.

そのほか 記事のなかで Christopher Lamb は,LGBTQ カトリック信者のための司牧活動を積極的に展開し続けている Father James Martin SJ に対する Papa Francesco の 応援にも 言及しています.Papa Francesco は,2017年04月12日に James Martin 神父を 教皇庁の Dicastero per la comunicazione[コミュニケーション庁]の コンサルタント(計 13 人のうちの ひとり)に 任命し,また,2019年09月30日に James Martin 神父と 個別に接見していますが,さらに,昨年06月21日付の書簡で 彼の LGBTQ 信者のための活動に関して 彼に 感謝と励ましの言葉を 書き送っています.

また,直接 Papa Francesco にかかわることではありませんが,Christopher Lamb は,今月06日,Charles Scicluna マルタ大司教(彼は 教皇庁 教理省の ふたりの副書記のうちの ひとりでもあります)が 彼の大司教区に属する 司祭 David Muscat に対して 彼の homophobic な 発言のゆえに 厳重注意の処分を与えたことにも 言及しています — そのような理由で 司教 ないし 大司教が 司祭を処分するということは カトリック教会の歴史のなかで 先例の無いことなので.

問題の司祭 David Muscat は,彼の Facebook に,ある殺人事件の容疑者に関して「gay であることは 悪魔に取り憑かれていることよりも 悪い」と 投稿しました.それに対して,人権や社会正義の分野を担当する マルタ共和国政府の国務大臣 ふたりが 彼を 告発しました — 彼の発言は 特定の属性を有する人々に対する 憎悪を 公言するもの (hate speech) である という 理由で.その事態を受けて,Charles Scicluna 大司教も すばやく 彼に対する処分を 発表しました.David Muscat は,有罪と判断された場合,6-18ヶ月の禁固 と 23,000 euros の 罰金を課せられることになります.

司教 ないし 大司教が,司祭の homophobic な 発言を hate speech と見なして,当該司祭を処分する という事態は,カトリック教会の歴史のなかで 先例の無いことです.これも,LGBTQ に対する包容的な司牧的配慮を一貫して示し続けている Papa Francesco のおかげであることは,確かでしょう.


2022年1月11日火曜日

Papa Francesco の Sister Jeannine Gramick への 書簡

New Ways Ministry の 共同創立者,Sister Jeannine Gramick (1942- )


Papa Francesco の Sister Jeannine Gramick への 書簡


このブログの 昨年12月10日付の記事で 紹介したように,Papa Francesco は,USA の LGBTQ カトリック信者の団体のひとつ New Ways Ministry の 理事長 Francis DeBernardo に 宛てた 昨年05月03日付の書簡 および 昨年06月17日付の書簡において,New Ways Ministry が LGBTQ の 人々へ 手を差し延べてきた 隣人愛的 活動を 称賛しました.

そして,その後 明らかになったところによると,Papa Francesco は,昨年12月10日付の 手書きされた スペイン語の 書簡において,New Ways Ministry の 共同創立者の ひとり Sister Jeannine Gramick に 対しても,感謝を表明しています(America MagazineWashington Post の 記事を 参照).

その書簡の スペイン語 原文は 公表されていないので,英訳からの邦訳を 以下に 紹介します:

親愛なるシスター,

あなたの手紙に とても感謝しています.あなたの[カトリック信者として LGBTQ の人々ために 1971 年 以来 行っている 活動の]50周年に関するニュースを受け取って,うれしく思います.

あなたの手紙は,わたしに,神のスタイルを 思い起こさせます.神は,わたしたちとコミュニケィトするための 彼自身のスタイルを 持っています.わたしたちは そのスタイルを 三つの語で 要約することができるでしょう:近しさ,同情,優しさ.

そして,わたしは,あなたの 50 年間の 仕事 — それは,この 神のスタイルによる 50 年間であり,近しさと 同情と 優しさの 50 年間です — のことを 思います.

あなたは,近しさを 恐れなかった.そして,近しくあることにおいて,あなたは,ともに苦しみつつ[同情しつつ]働き,姉妹の優しさと 母の優しさとを以て 働き,そして,誰をも断罪しなかった.

シスター ジャニーン,あなたの 近しさと同情と優しさ すべてのゆえに,あなたに感謝します.

わたしは あなたのために 祈ります.わたしのために祈ることも 忘れないでください.ヤーヨ* に よろしく.

イェスが あなたを祝福してくださるように.そして,聖なるおとめが あなたを護ってくださるように.

兄弟愛を以て,

フランシスコ

* : Yayo Grassi のこと.彼は,1964-1966年に アルゼンチンで 高校教師をしていた Jorge Bergoglio(当時,既に イェズス会士であったが,まだ 司祭に叙階されては いなかった)の 教え子であった.今は,Washington DC で ケータリング業を 営んでいる.彼は,gay であり,長年,同性パートナーと生活をともにしている.2015年09月の訪米の際,Papa Francesco は,Yayo Grassi と 彼のパートナーとを Washington DC の 教皇大使館に 特別に 招いて,彼らを祝福している.

2021年12月25日土曜日

主の御降誕 おめでとうございます!

Carlo Maratta (1625-1713), Natività (1651)


主の御降誕 おめでとうございます!


主 Jesus Christus の 御降誕 おめでとうございます!

わたしたち皆を神の子としてくださった 主 Jesus Christus と 彼を世に与えてくださった 父なる神 と わたしたちに神のいのちを生きることを可能にしてくれている 神の聖なる息吹 に 感謝します.

ただ,わたしたちは,2 日 前,突然の訃報を 受け取りました : Father Daniel Collins SJ(英語動画日本語動画)が 23日 10:20 に 心不全のため 亡くなりました(時刻は死亡確認時刻.睡眠中に安らかに帰天されたようです).彼は,Papa Francesco と同じく,1936年生れであり,今年 7月 18日に 85 歳になりました.2019年には 司祭叙階 50 周年を 迎えていました.前日に 元気な彼の姿を見かけた と ある人が Facebook に 投稿していました.主が 彼に 永遠の安らぎを与え,絶えざる光で 彼を 照らしてくださいますように.

さて,この 1 年間も わたしたちは Covid-19 の 全世界的流行の影響のもとに 日常生活を送るよう 余儀なくされました.特に,生命を軽視して「緊急事態」のなかで 強行された オリンピックのせいで,東京では Covid-19 の 罹患者が 急増し,そして,そのため,8月16日から 9月末まで,東京大司教区では 再び 公開ミサの中止を 余儀なくされました.

その後,多くの人々がワクチン接種を受けたおかげで,新規感染者は減少し,10月から 公開ミサは 再開されました.

しかし,今,欧米では コロナウィルスのオミクロン変異の流行が広まり,降誕祭直前から 年明けまで ロックダウンの措置が取られている国々も あります.その場合,勿論,降誕祭のミサも 神の母おとめマリアの祭日のミサも 公開では 行われません.日本でも,おそらく 1, 2 ヶ月後には 同様の事態となっているでしょう.

わたしたちの LGBTQ みんなのミサも,2020年03月以来,中止を余儀なくされています.2022年の復活祭から再開できるかもしれない と 思っていた 矢先に,オミクロン変異の流行が始まり,予断は許されない状況となっています.今のところは,月 1 回 の LGBTQ カトリック 祈りと思いの分かち合い Zoom Meeting を 続けてゆくしか ありません.

果てしのないように思われる この試練のなかで 神の愛が わたしたちを支えてくださいますように.

LGBTQ カトリックの観点から,2021年を 振り返ってみましょう.まず,1 月 6 日,Donald Trump の 支持者たちが,暴徒となって,合衆国 議会 議事堂を 襲撃する という 衝撃的な事件が 起こりました.これは,わたしたちに無関係なことではありません.というのも,米国における 超保守的な カトリック信者たち — 彼らは,LGBTQ を 差別して はばからず,かつ,女性の生殖の権利(妊娠の継続に関する自己決定権を含めて)を 擁護する Joe Biden(彼は カトリック信者です)に対して 聖体拝領を拒むことは 当然だ と 考えています — は Donald Trump の 支持者であるからです.

Donald Trump と 彼の支持者たちは,精神病理学的観点から見るなら,パラノイア患者です.彼らの思考は 明らかに 妄想的です.そして,その精神病理を 米国の超保守的カトリック信者たちは 彼らと 共有しています.

そのような超保守派に対して,Papa Francesco は,7月16日付の 使徒的書簡 Traditionis custodes によって,第 II ヴァチカン公会議以前の トリエント ミサ (Tridentine Mass, 別名 Traditional Latin Mass, 伝統的ラテン語ミサ : TLM) — 超保守派が好む ad orientem(司式者が 会衆に背を向け 祭壇の方を向く)の ラテン語ミサ — を行う機会を大幅に制限する という措置に出ました.

それは,単純に 祭儀のやり方の問題ではありません.そうではなく,Papa Francesco の その措置は,第 II ヴァチカン公会議の意義を否定することによって schismatic な[分離的な]動きに走ろうとしている 超保守派に対する 戒めです.というのも,伝統的ラテン語ミサを 好んで行うことは,会衆がミサに積極的かつ能動的に与ることを可能にするために ミサを それぞれの国の言語で行うことを 勧めた 第 II ヴァチカン公会議の精神を 否定することだからです.

この問題については,Congregazione per il culto divino e la disciplina dei sacramenti が 12月 4日に 追加的な説明を 発表しています.

超保守派の schismatic な 動きを より根本的に 批判する 目的を有している と 見なし得るのが,synodality[ともに歩む教会]の ための シノドスです.2023年10月に予定されている シノドス[世界司教会議]へ向けての 歩みは,2021年10月に 開始されました.

直接に LGBTQ カトリック信者たちにかかわる問題としては,3月15日に 教理省は「教会は 同性カップルを祝福することは できない」と宣言しました.それに対する反論については,この記事を お読みください.Papa Francesco 自身,その教理省の声明を 暗示的に 批判している,と 我々は推測することができます.

12月には,米国の LGBTQ カトリック信者の団体のひとつ New Ways Ministry が作成した動画が シノドスの資料集から削除されたことに対して,同団体は,Papa Francesco が 彼の同団体宛の書簡のなかで 同団体を称賛している事実を 明らかにしました.それに対して,驚くべきことに,シノドスの総事務局は,動画削除措置について謝罪し,その動画へのリンクを 再度 資料集に 掲載しました.この出来事に関しては この記事もうひとつの記事 を お読みください.

2022年も,わたしたちは,Covid-19 の 全世界的流行の 試練のもとで 日常生活を送ることを 余儀なくされています.わたしたちの主 Jesus Christus に しっかりと 希望を 置きつつ,神の愛の支えを願いつつ,2022年を 辛抱づよく 生きて行きましょう.

主の恵みの息吹が 皆さんに 豊かに 注がれますように.

改めて 主の御降誕 おめでとうございます!

LGBTQ みんなのミサ 世話人

2021年12月13日月曜日

シノドス総事務局が New Ways Ministry の 動画を 資料集から 削除したこと について 謝罪

 

シノドス総事務局は,New Ways Ministry の 動画を シノドス資料集から 削除したこと について 謝罪し,それを 再び 資料集に 掲載した


先日 邦訳を掲示した 記事「パパ フランチェスコは 最近の書簡で New Ways Ministry への感謝を 表明した」で 報じられたように,シノドスの資料集に 掲示されていた New Ways Ministry の 動画が,12月07日,削除された.それに対して,New Ways Ministry の 理事長 Francis DeBernardo は,パパ フランチェスコと New Ways Ministry との間に 書簡が交わされており,そこにおいて パパ フランチェスコは New Ways Ministry の LGBTQ コミュニティに対する 隣人愛に満ちた活動を 称賛していることを 明らかにした. 

そのことに関して,12月12日に発表された General Secretariat for the Synod of Bishops[世界司教会議 総事務局]の Newsletter n.11 において,同事務局の Communication Manager を 務める Thierry Bonaventura は,以下のような 謝罪を のべ,New Ways Ministry の 動画を 資料集のページに 再び 掲載した.

Thierry Bonaventura の 謝罪文の邦訳は 以下のとおり:

劣った神の子どもたち?

ともに歩むことは,謝罪することができるということでもある.

先日,わたしは,New Ways Ministry という団体によって為された投稿の公開を取り消す措置を わたしの個人的な判断により 取った.その理由は,内的な手続上のものであった.だが,その措置は,LGBTQ コミュニティ全体に苦痛をもたらすことになった — 彼れらは 自分たちが またしても 教会から排除されたと 感じて.

そのような苦痛を与えたことについて,わたしは,LGBTQ の人々 すべて および New Ways Ministry のメンバーたちに対して 謝罪せねばならない と 感じている.わたしは,以下に ふたつの投稿[New Ways Ministry の 動画 および La Tenda di Gionata(ヨナタンの幕屋)という イタリアの LGBTQ カトリック信者の団体の 公開書簡]を 提示することによって,堅固な意志 — わたしの意志だけでなく,シノドスの総事務局全体の意志 — を 証ししたい — 真摯な心 と 対話の精神 と まことの識別を以て この「ともに歩む」みちのりを 歩みとげたいと欲する人々を 排除しない という 堅固な意志を.

改めて明示するなら,LGBTQ のグループ および 教会の「辺縁」に生きていると感じている人々は,投稿でも 資料でも,神の民 全体と 分かち合いたいものは 何でも,この address に 送っていただきたい : webmaster@synodresources.org

わたしたちは,ともに歩みつつ,ときには 倒れることもあるかもしれないが,重要なのは,兄弟姉妹の助けによって 再び立ち上がることである.

Thierry Bonaventura

世界司教会議 総事務局 Communication Manager


これに対して Francis DeBernardoJames Martin 神父 SJ は,感謝の意を 表明した.

Thierry Bonaventura は 司祭ではない.だが,いずれにせよ,ヴァチカンの公職についている者が LGBTQ に関する問題について 取った措置を撤回し,さらに そのことについて謝罪を表明するのは,前例の無いことである.

パパ フランチェスコのもとで ヴァチカンは 今までタブー視されてきた諸問題についても 真に開かれた態度を以て 取り組みを行いつつあることが 改めて示された と 受け取ってよいであろう.


2021年12月10日金曜日

パパ フランチェスコは 最近の書簡で New Ways Ministry への感謝を 表明した

 Sr Jeannine Gramick (1942- ) and Fr Robert Nugent (1937-2014)

以下は,2021年12月08日付の National Catholic Reporter (NCR) の 記事 Pope Francis thanks New Ways Ministry in recent correspondence の 全訳である.

パパ フランチェスコは 最近の書簡で New Ways Ministry への感謝を 表明した


今年(2021年)New Ways Ministry[米国の LGBTQ カトリック信者の団体のひとつ]に宛てた ふたつの書簡のなかで,パパ フランチェスコは,New Ways Ministry を〈LGBTQ コミュニティへ手を差し延べる その活動のゆえに〉称賛し,そして,その共同創立者のひとり シスター Jeannine Gramick (Sisters of Loretto) を「勇気ある女性」と呼んだ — 彼女は New Ways Ministry における活動のために とても苦しい思いをしたがゆえに.

ヴァチカンの公式用紙に スペイン語で書かれた 書簡において,パパ フランチェスコは こう述べている:彼(パパ フランチェスコ)は,New Ways Ministry の歴史は容易なものではなかったことを 知っている;だが,「あなたの隣人を愛せ」は,イェスが 第 1 の命令と呼んだ「神を愛せ」と必然的に連結されている 第 2 の命令であり続けている.

パパ フランチェスコは,2021年06月17日付の Francis DeBernardo — 彼は New Ways Ministry の 理事長であり,New Ways Ministry は Maryland 州の Mount Rainier 市に 本部事務所を置いている — に宛てた書簡のなかで「あなたの隣人愛の仕事に 感謝する」と述べている.

DeBernardo は NCR (National Catholic Reporter) に こう言っている :「幾人かの教会指導者が 我々について 言っていること あるいは 思っていること にもかかわらず,パパ フランチェスコは,我々が LGBTQ の人々に 手を差し延べ,彼れらを教会のなかへ導き入れ,彼れらが教会にとどまるよう 助けていることを 喜んでいる と 思われる」.

DeBernardo は こう言っている:彼が New Ways Ministry と パパ フランチェスコとの間に 書簡が交わされた 事実を 公表するのを 決心したのは,2023年10月に予定されている「ともに歩む教会のために」(Per una Chiesa sinodale) を テーマとする 世界司教会議 (Synod of Bishops) を 準備する Sinodo 2021-2023資料集から New Ways Ministry の webinar の 動画が ヴァチカンの〈同会議を担当する〉総事務局によって 削除されたこと に対する 応答として である.

保守的なカトリック報道媒体の記事が示唆しているところによると,総事務局は,12月07日に 問題の動画を 削除したが,その理由は,New Ways Ministry が 同性カップルの民法的結婚を 支持したことに関して,全米カトリック司教協議会が 2010年に New Ways Ministry を 非難していたことを 総事務局が知ったからである.NCR からの〈コメントの〉求めに対して,総事務局の報道担当者は 回答していない.

DeBernardo は こう言っている :「当初,我々は,書簡が交わされた事実を公表することを計画していなかった.だが,我々の動画が削除された現状に鑑みるなら,人々にその事実を知ってもらうことが 重要である.我々は 信じている:パパ フランチェスコは LGBTQ の人々が発言することを 欲している,と.そして,我々は 思っている:パパ フランチェスコが我々と書簡を交わした という事実を 人々に知ってもらうことは,彼にとって,彼のメッセージにとって,彼の〈包容への〉招待にとって,有用である,と」.

New Ways Ministry は,しばしば教会上層部の怒りを買ってきた 組織である — homosexuality に関するカトリック教義への忠誠を疑われて.そのような団体と パパ フランチェスコとの 書簡のやりとりは,彼が より和解的な姿勢 — 彼の前任者たちや アメリカの司教たちの より保守的な姿勢に比べて — を取っていることの もうひとつの新たな例証である.

James Martin 神父 SJ — 彼は,イェズス会が発行している週刊誌 America の editor-at-large[注:雑誌編集の実務には携わらず,編集長の意見や方針にも囚われずに,自分の関心にしたがって 自由に 取材し 寄稿することのできる 記者]であり,彼の著書 Building a Bridge[橋を架ける](2017, 2018) において,カトリック教会に〈LGBTQ の人々に対して より受容的に なるよう〉呼びかけている — は,こう言っている :「パパ フランチェスコの〈New Ways Ministry への〉温かい手紙は,彼が LGBTQ の人々に手を差し延べる もうひとつの新たなステップであるだけでなく,New Ways Ministry にとって — また シスター Jeannine Gramick にとっても — 一種の復権の始まりである — 我々の教会における 彼れらの重要な仕事が パパ フランチェスコによって 認められたことにおいて」.

DeBernardo からの 2021年04月21日付の書簡に答えて,パパ フランチェスコは,5月03日に こう書いている:彼(パパ フランチェスコ)は DeBernardo の書簡を「羊飼いの[羊に対する]近しさの態度」で 読んだ;そして,その書簡は,New Ways Ministry の歴史を よりよく理解するために 有用であった.

パパ フランチェスコは こう書いている :「あなたの手紙は あなたがわたしに語っていることの全体を理解するのに たいへん役立ちました.ときとして わたしたちは 人々や組織について かたよった情報を 受け取ります.そして,それは役に立ちません.あなたの手紙は,New Ways Ministry の歴史を 客観的に ものがたっているので,いくつかの状況を よりよく理解するための 光を わたしに与えてくれます」.

また,パパ フランチェスコの ふたつめの手紙 — 2021年06月17日付の 手書きされた書簡 — において,彼は DeBernardo に対して「あなたは〈あなたの隣人に対して 開かれた〉心を 持っている」ことに 感謝している.さらに パパ フランチェスコは,シスター Jeannine Gramick にも 心からの挨拶を 送っている.

パパ フランチェスコは こう書いている :「わたしは 彼女 (Sr Jeannine Gramick) の苦しみが どれほど大きかったかを 知っています.彼女は,祈りのなかで決心する 勇気ある女性です」.

1999年05月に,ヴァチカンの教理省は,こう宣告した : New Ways Ministry の 共同創立者 シスター Jeannine Gramick と Robert Nugent 神父は,彼れらの方途の「疑わしさ と 誤り」のゆえに,homosexual の人々に対する司牧的活動を してはならない.この通告は,Joseph Ratzinger 枢機卿によって 署名されている.彼は,当時 教理省長官であり,2005年04月に Benedictus XVI として 教皇の座に ついた.

New Ways Ministry は,1977年に創立され以来,教会上層部の不興を買ってきた.1984年に,James Hickey ワシントン大司教は,New Ways Ministry の活動に対して 彼は 公式の認可や承認を与えない,と 言いわたした.2010年に発表された声明において,当時 全米司教協議会の長であった シカゴ大司教 Francis George 枢機卿は,こう述べた : New Ways Ministry は カトリック教会から 是認も 承認も 受けていない.

近年は,John Stowe レキシントン司教を始めとして,幾人かの教会役職者が New Ways Ministry の行事において 講演をすることがあったが,しかし,報道によれば,その〈教会上層部との〉緊張した関係の歴史のゆえに,New Ways Ministry の webinar の動画は シノドス総事務局の資料集から削除されることになった.

From the Margins to the Center : LGBTQ Catholics & Synodality[辺縁から中心へ : LGBTQ カトリック信者たちと 共歩性]と題された 75 分間の動画において提示されているのは,Fordham University の 神学教授 Robert Choiniere による webinar である.彼は,また,マンハッタンの St Francis Xavier 教会の 成人向けの信仰養成講座の 指導者でもある.

James Martin 神父 — 彼は ヴァチカンの コミュニケーション事務局の助言者でもある — は NCR に こう語った:彼 (Fr James Martin) は,New Ways Ministry の 動画が「誰かの苦情のせいで」シノドスの資料集から削除されたことを知って,失望している.

James Martin 神父は 言っている :「ともに歩む教会のためのシノドスに向けた教区レベルの過程の開始を告げる 2021年10月10日のミサの説教において,パパ フランチェスコは こう問うている :『我々は 可能にしているだろうか,人々が 自分の意見を 表明することを,彼れらが 人生のなかで さまざまな困難を有していても 信仰の道を 歩むことを,彼れらが 妨害も拒絶も断罪もされることなく 信仰共同体に所属しつつ 生きることを?』 それは,LGBTQ カトリック信者にとっては,なおも未解決の問いである」.

12月06日付の Twitter で,James Martin 神父は,New Ways Ministry の動画へのリンクを tweet した — そのときには,その動画は,まだ,synod for synodality[ともに歩む教会のためのシノドス]のための資料を分かち合うために 世界司教会議の総事務局が作成した website に,提示されていた.その tweet では,James Martin 神父は,その動画を「教会と LGBTQ の人々との関係において 小さな しかし 歴史的な 一歩を 成すもの」として 歓迎していた.

だが,その翌日には,その動画は削除された.James Martin 神父 — 彼は,三十万人以上の Twitter followers を持ち,彼の〈LGBTQ コミュニティのための〉司牧の仕事のゆえに 保守派のカトリック信者の怒りを買っている — は 言っている:その動画の削除は,シノドスにおいて LGBTQ カトリック信者たちの声が どれほど聴かれることになるのか について 疑問を生ぜしめる.

James Martin 神父は 言っている :「教皇庁にも 全米司教協議会にも LGBTQ カトリック信者のための部門は 無い.つまり,LGBTQ の人々のための公式なコミュニケーションの方途は 多かれ少なかれ 不在である」.

DeBernardo は,こう論じている:シノドスの総事務局は,動画を削除したことにおいて,大きな過ちを犯している.

彼は 言っている :「我々の動画を資料集に上げていたことは,ヴァチカンが 差別された人々 — 特に LGBTQ の人々 — へ 手を差し延べることに関して 真摯である ということを 示す ひとつの方途であった」.

彼は こう付け加えている : New Ways Ministry は,LGBTQ が シノドスに参加することを 促進し続けるだろう.

彼は こう言っている :「New Ways Ministry において,我々は,シノドスに参加するよう促すことに かかわってきた.そして,我々は 今後も そうし続ける.だが,シノドス総事務局の措置は,我々の仕事 — 我々は 我々の仕事は パパ フランチェスコの使命に役立つものである と 思っている — の遂行を かなり より困難にするものである」.


2021年12月13日付 追記 : 2021年12月12日に 発表された General Secretariat for the Synod of Bishops[世界司教会議 総事務局]の Newsletter n.11 において,同事務局の Communication Manager を 務める Thierry Bonaventura は,New Ways Ministry の 動画を シノドス資料集から 削除したこと について 謝罪し,それを 再び 資料集に 掲載しました.こちらの記事を 参照してください.

2021年7月6日火曜日

山内 保憲 神父さま SJ の ミサ説教,2021年05月30日,三位一体の主日,東京カテドラル


山内 保憲 神父さま SJ の ミサ説教,2021年05月30日,三位一体の主日,東京カテドラル


聖書朗読
第一朗読 : Dt 4,32-34.39-40
第二朗読 : Rm 8,14-17
福音朗読 : Mt 28,16-20

わたしは イスズス会という修道会の修道者です.今でも イエズス会の日本管区では 23 の 国や地域から 100 名以上の 会員が まだ いっしょに集まって 生活をしています.国籍も 年齢も ばらばらです.何より 性格が ばらばらです.ここだけの話,正直に言って,いっしょに生活するのは 本当に 大変です.現代において 神さまの〈目に見える〉奇跡が どこにあるのか ? — ひょっとすると,こうやって 何百年も 喧嘩しながら生活している イエズス会の修道生活が 奇跡かもしれません.

人間の交わり — 共同体 — ほど 面倒くさいことは ありません.自分と異なる人間と共に歩むということは 本当に 大変なことです.わたしたちの人生のなかで 人間関係ほど大変なものは無いのではないか と 思い知らされることが しばしばあります.

修道会の歴史を見ても,分裂や対立の繰り返しです.カトリック教会は いまだに プロテスタント教会との分裂の痛みを克服することが できていません.イスラエルとパレスチナの対立のニュースを聞いても,いったい いつまで こんな事が繰り返されるのか と ため息が出ます.

他方で,新型コロナウイルスという災害で,「ああ,わたしたちは やっぱり 社会的な動物であるのだ」ということを 嫌というほど 思い知らされています.人と人との交わりが どれほど わたしたちにとって 欠かせないものかを 痛感しています.

なぜ 人間は 交わりを 必要とするのか ? それは わたしたちの信仰する 神 御自身が 三位一体の主である ということと 結び付いている と思います.

別に,御父 ただ おひとりで 何もかもできるのかもしれません.しかし,神は,ひとつの本質であるにもかかわらず,三つの異なる存在という 不思議な あり方を しています.異なる位格を持つものが 互に 協力し合い,愛し合う — しかし,その本質は 実は ひとつなんだ という 不思議な姿です.すなわち,わたしたちの信じている 神が そもそも 自分と異なるものとの交わり,共に働く姿を しているのだ ということです.

人は,そんな神に かたどって 造られました.他者との関わりを持つことこそが,人の姿なのです.他者と交わり 共に働くこと を通して 神の愛の姿,すなわち 真の愛に 至ることができる と思います.

しつこいようですけれども,異なる他者と共に歩むことは 決して 簡単なことではありません.しかし,異なる他者がいなければ,本当の愛を実現することも できません.

教皇フランシスコの回勅 Fratelli tutti —「兄弟の皆さんへ」という この回勅 — のなかで,教皇は,「わたしたちは たがいの一部であり,たがいに兄弟姉妹である」こと,「他者に自分を与えること,他者を理解すること,他者との関わりを持つこと 無く 真の愛に至ることは ない」ということを,繰り返し 述べています.

この〈教皇さまの〉メッセージを受けて,今,全世界の教会で synodality という言葉が キーワードになっています.「共に歩む教会」とでも訳すべきでしょうか.

教会は,すべての境界を超えていくよう 励まされています.他の民族,他の宗教,わたしとは異なる存在 すべて に 自分を 開いていくこと,これこそが,わたしたちが 三位一体の神の愛に近づく道です.

異なる他者と遭遇するとき,わたしたちが戦わなければならないのは phobia — すなわち「嫌悪感」とか「恐怖症」というふうに訳される現象 — です.

無意識のうちに 異質なものを排除しようとする心の動きが 起こってしまいます.しかし,その心の動きの中には,外国人に対する phobia, sexual minority の人々に対する phobia など,差別につながる深刻なものも 含まれます.

第 2 朗読の「ローマの教会への手紙」にあるように,「人を 奴隷として 再び恐れに陥れる 霊 に 支配されてしまっては いけない」— そう思います.

恐れの心の動きが起こるのは,自然なことかもしれません.しかし,神の霊に導かれているわたしたちは,ただ その恐れの奴隷でとどまっていてはいけない と思います.

5月の連休に,四谷の聖イグナチオ教会で,生活困窮者向けの「大人食堂」と「生活相談会」が 開かれた そうです.食料を受け取った人は 660 人.生活,医療,外国人,女性相談の窓口には 330 人が 訪れた そうです.COVID-19 という 経験したことのない災害のなかで 具体的なアクションを起こすことができた 素晴らしい例だ と思います.このプロジェクトは,北関東医療相談会や 難民支援協会などなど 多くの〈教会外の〉NPOが 関わり,実現した — むしろ,その方たちが 主体となって 進めてくださった — と 聞いています.

しかし,最初にこの計画を 教会の内部の人に 相談したときには,おしなべて 多くの人から 反対意見が多かった と 聞きます.ついつい 自分たちの居心地の良い場所を守りたくなってしまう — 外部の団体や,相談に来る不特定多数の他者に対して 恐れを抱いてしまった — と 聞きました.結果として,菊地 功 東京大司教さまの〈非常に 勇気ある〉識別と励ましの言葉を頂いて,このプロジェクトは実現することができた そうです.

このようなことは — 同様の出来事は — 阪神淡路大震災のときにも 経験しましたし,東日本大震災のときにも わたしたちは 聞きました.不安なときだからこそ,他者を排除する心の動きは,わたしの外から,また わたし自身の心の内から 絶えず 湧き出てきます.

先日は,入管法 — 入国管理の法律 — を改悪する動きが ありました.これは 何とか 多くの支援者の方々の努力によって とめることが できました.しかし,名古屋の入管施設で亡くなったスリランカ人の女性のことなど,まだまだ,わたしたちは 追究しなければならない事が あります.この亡くなった女性は 外国人の 仏教徒の〈わたしたちとは関係のない〉異なる存在では ありません.このような 排除される人,隅に追いやられる人こそが わたしたちの一部であり,わたしたちの兄弟であり 姉妹です.

恐れにとらわれて 動けなくなっては いけない と 思います.いましめを込めて 司祭団は 司祭団として 自分たちの世界にとどまっていてはいけない と 思います.修道者も 同じです.教会は 教会のなかにとどまっていてはいけない と 思います.

わたしたちは 恐れにとらわれない.なぜなら,わたしたちには,今日の福音書にあるように,「わたしは 世の終わりまで いつも あなた方と共にいる」と言われているからです.

わたしたちには,他者と共に働く三位一体の神が わたしたちと共にいる という 勇気が,与えられています.三位一体の主に 力づけられて,わたしたちが わたしたちの心を 開き,他者との関わりを持つときに,わたしたちは 真の愛に近づくことができます.

教皇さまの回勅のなかにあった 祈りの言葉の初めの部分を 引用して 締めくくりたいと思います:

神よ,愛の三位一体,あなたは あなたの神聖な命との深い交わりから 兄弟愛を 滝のように わたしたちに 注いでください.

2021年4月4日日曜日

Happy Easter !

The Anastasis fresco in the parecclesion of the Chora Church in Istanbul : Jesus Christ pulling Adam and Eve from their coffins in hell.

LGBTQ みんなのミサ 世話人

皆さま,ご復活 おめでとうございます.

ミサに自身を捧げる行いを共有できず,なにか 心に穴が空いているような頼りなさを 感じています.

ゲッセマネの園から ご復活までの間が,わたしたちのすべて という実感は 毎年 深まります.

日常でも,「その人を想う」とは「その人の言葉を想う」ことと同じ意味だ と 感じています.

わたしたちが 誰でも 同じ意味を感じるのは,主イエスの 十字架上の 7 つの言葉です.いろいろな想像や史実を重ねながら感じるしかなくて,答えのない愛の姿が どこまでも 深まっていきます.

有名な言葉の例では,下記の第 5 の言葉 :「渇く」— それを マザー テレサは 列車のなかで聞きました.彼女の修道会の十字架には すべて "I thirst"[わたしは渇く]が 一緒に あります.

わたしたちも,十字架を見上げたとき,心に 言葉が 浮かびます.マザー テレサの場合は いつも "I thirst". 美しく 甘美で 激しく すべての創造の源となる言葉を,わたしたちは それぞれに 主イエスから いただきます.わたしの場合は まず「開け!」.そして,もうひとつは,ペトロが 三度 イエスを知らない と 言った後に,イエスがペトロを見つめた「真っ直ぐな まなざし」という 無言の言葉.

すべての人が 神の最高傑作です.神は,さらに,わたしたち各人に,御言葉で ミッションを与えます.

十字架上のキリストの 最後の 七つの 言葉:

1.「父よ,彼らを赦して下さい.なぜなら,彼らは 自分たちが何をしているのか わかっていないからです」(Lc 23,34).

2.「アーメン,わたしは あなたに 言う:今日 あなたは わたしとともに 天国にいるだろう」(Lc 23,43).

3. イェスは,自身の母を 見,そして,その近くに 彼の愛する弟子を 見て,母に言った :「女よ,それが あなたの息子だ」.次いで,イェスは 弟子に言った :「それが おまえの母だ」(Jn 19,26-27).

4. Eli, Eli, lema sabbaqthani ?[わが神,わが神,なぜ わたしを見棄てたのですか?](Mt 27,46).

5.「わたしは 渇く」[ διψῶ ] (Jn 19,28).

6.「成就した」
[ τετέλεσται ] (Jn 19,30).

7.「父よ,わたしの息を あなたの手に ゆだねます」(Lc 23,46).

主イエスの御言葉の味わい方にも わたしなりのやり方が あります.それは,毎日 主イエスの愛を実感する という習慣です.わたしにくださった御言葉を思い起こすだけで,愛を実感します.わたしは 愚かで 単純ですけれど,みなさんにも 固有の感じ方があると想います.

1 日は 24時間,1440 分です.そのうち たった 1 %, 15 分だけを 使います.

神に愛されているという実感を感じると,ふたつの傷が 愛で 満たされます:
1. わたしには 神に愛される資格が ない(根源的自己否定);
2. 神は 存在しない.

それらの傷を愛で埋めていただくと,他者への奉仕に向かい,神の道具になることができます.

表面的で 一般的な「行いの罪」の傷も 愛が 潤し 癒してくれます.

愛されている実感があるから,罪も すべて 神に見せることができます.どうせ,もう すべてを 御存じですし.ですが,自身の謙虚さから 罪や開心の思いを神に打ち明けると,わたしの実感では,神は 喜んでくださいます.

わたしたちの仲間は,身体の表面や内面への 深く 豊かな 気づきを可能にする賜物を いただいています.だから,相手も 思いも 深く受容するし,同じように 神の思いも 深く 受容します.頭でっかちな信仰ではなくて,心と身体で神を感じている人の言葉は,ちょっと違うんです.わたしは,LGBTQ みんなのミサを始めて以来,参加者たちと話していて,頭でっかちな人とは違う と 気づき,福音を強く感じ,強く 魅力も 感じました.

洗礼を授かった者も,授かっていない者も,わたしたちは,それぞれに,主の福音を伝えるカリスマを 主から いただいています.

わたしは「信仰」という語が性に合わず,「神交」と言っています.ただし,それは「神との交わり」ではなく,「神が 先に わたしと交わってくださる」という意味です.

1 日の 1 % だけでも,黙想に当てましょう.すべては 神が はからってくださいます.